マダジュンコ絵画展

*[art]マダジュンコ絵画展

 

 

建築画像について: さいたま新都心郵政街区の与野側の「辻広場」、自立している壁はビル風対策用の防風壁で位置は風洞実験結果をもとに決めてあり、デザインはデ・キリコの絵画をモチーフにしている。白い箱状のものは崔在銀氏のアート(給排気塔)。  馬田純子氏のアート(給排気塔)。局面の外壁はSUS入りモルタルパネル、「杉板」の市松パターンは、四ツ谷駅前郵便局の増築模様替えの時に、新しく金型を起こして造ってもらったものだが(当時は開成技研のちにABC商会で扱う)、現在は製造されていない http://udf.blog2.fc2.com/blog-entry-559.html) 下 開成技研が作成した「アスプダイン」(商品名)のカタログの表紙になっていた四ツ谷駅前郵便局

マダジュンコ氏http://junkomada.com/index.htmlの個展が外苑前のギャラリーで開催される。最近の作品は立体から平面へと変化している、モチーフも「可愛らしい」爬虫類から離れつつあるようだ。マダジュンコ氏の紹介は、馬田さんが2010年の夏に挿絵を描かれた、「ハンター」と言う本が出版された時にやや詳しく書いたので、そちらを参照していただければ⇒http://udf.blog2.fc2.com/blog-entry-717.html

モチーフが人体の骨格になった理由はいろいろあるのだろうと思うが・・・。今回の個展の案内の絵は、キリコの「通りの神秘と憂愁」http://pics.livedoor.com/u/shelivesinmymemory/2803598のような、ポルティコの中から外を見ると、そこに福島第一原子力発電所の、見るも無惨な姿が・・・。馬田さんには、さいたま新都心の郵政庁舎のパブリックアートをお願いしたわけだが、偶然にも、郵政庁舎のビル風対策の壁はキリコの「通りの神秘と憂愁」をイメージしてデザインされているhttp://d.hatena.ne.jp/udf/20041102

■会場:gallery house maya   http://www.gallery-h-maya.com/

■会期:2012 年3月19日(月)~3月24日(土)

■時間:11:30~19:00 (最終日は17:00まで)

■入無料

*[原発+再生可能エネルギー]   安全評価(ストレステスト)

ストレステストについてはいろいろ疑問が投げかけられているが、基本的に政府、保安院は再稼働を前提にすべてを進めている。信じられない話だが、原発業界から寄付を受けている委員(岡本孝司・東京大学教授)が専門家会議の司会進行役を務めており、よりによって原発関連メーカー三菱重工業出身という「おまけ」まで付いている。山口彰・大阪大学大学院教授は、これまた三菱重工業グループのニュークリア・デベロップメント社から3385万円の寄付を受けているそうだ。「このニュークリア社は現在審議中の大飯原発、伊方原発、泊原発などの主製造会社である三菱重工業の関連会社。」このことについて、同じく専門家会議のメンバーである、井野、後藤両氏は保安院に対し異議を申し立てているが、保安院は「問題ない」として、アリバイ的な「審議」を繰り返し、再稼働へ向けてまっしぐらに突き進んでいる。

技術的にも仰天するような事実が明らかにされている。具体的には、冷却器や海水ポンプを固定するアンカーボルトの耐力が、設計時の耐力が基準地震動の1.8倍ではなく、1.3倍程度しか存在しないと言うこと。アンカーボルトがすべて破壊されても「関電は構造物を固定する機能に影響がない」と言っているそうだ。構造物を固定するためのアンカーボルトが壊れているのに、どうやって構造物を固定するのか?

原子力ムラの関係者は、倫理的に腐敗しているばかりか、技術的にも破たんしている。保安院もそれに追随する学者も電力関係者も、自らが主張していることがすでに破たんしていることを知っているのかもしれない。そしてなおかつ厚顔無恥に再稼働に突き進むと言うことは一体どういうことなのだろう。国民の安全や安心を踏みにじってでも、薄汚い利権にしがみつき、結果として多くの国民(福島県民ばかりではない)を絶望の淵に追いやってはばからない人たちはやはり裁判で罰するべきなのかもしれない。

もっとも、「伊方原発訴訟最高裁判決(1992年10月29日)は、原発の安全審査と設置許可に関して司法が国側の決定を追認していく出発点となったが、そのときの味村治判事が原発メーカー・東芝に天下っていた事実は、司法すら「原子力ムラ」の一部であったかと思わせるに足るものである(高橋哲哉著「犠牲のシステム 福島・沖縄」集英社新書 88頁)。え、最高裁判事が天下りするんだ!とびっくりしたが、ずいぶんとひどい話だ。

それにしても、保安院の国民の安全を無視した体質は、昨日、今日の朝日新聞、東京新聞を見ると本当に気分が悪くなる。簡単に言うと、2009年に原発事故に対応する防災指針について、原子力安全委員会が国際基準の見直しに合わせて改訂しようとしたところ、経済産業省原子力安全・保安院が強硬に反対してつぶしてしまったというもの。この国の官僚と言うのは、国民をどのように考えているのだろう。これは大きな組織の無責任体制が極まったものと言える、責任をしっかり取らせることをしない限り、この先も、大きな組織に国民は常に危険にさらされることになる。

黙っていたら何も良くなっていかない、と思うのだが、世の中そうは思わない人も沢山いる・・・。まあ、それはそれで仕方がないことだが、出来ればおかしいことは、おかしいと言うべきなように思うが・・・。ふう~!

馬田純子作「セニョール欺く」1993年(思っていることはある程度言わないと)

デモは必要(3月のツイッターデモ)


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